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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)499号 判決

原告

有限会社△△環境

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

新井毅俊

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

坂東司朗

坂東規子

池田紳

石田香苗

澤田雄二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、自己所有の建物及び建物内の什器、備品を目的物とする店舗総合保険契約に基づき、建物についての火災保険金一五〇〇万円、及び、什器備品についての火災保険金のうち五〇〇万円の合計二〇〇〇万円の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠上容易に認められる事実については、末尾括弧内に証拠を掲載)

1  原告は、砕石・砂・赤土の販売、建築物解体・一般土木・埋立工事の請負、一般・産業廃棄物の収集運搬処理、及び、不動産の仲介・売買を業とする有限会社であり、被告は、損害保険業を営む株式会社である。

2  原告は、平成六年九月二七日までに、乙山一郎(以下「乙山」という。)及び乙山花子から、別紙物件目録一記載の各土地(以下「本件土地」という。)を乙山次郎から、同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)、本件土地上の倉庫及び車庫並びに本件建物内に存在する什器、備品一式を代金合計五〇〇〇万円で購入し(以下「本件売買契約」という。)、同年九月二九日、本件土地及び本件建物の所有権移転登記手続を経由した。

3  原告は、平成六年一一月二八日、被告との間において、以下の約定で店舗総合保険契約(以下「本件契約」という。)を締結し、被告に対し、保険料五万七七五〇円を支払った(甲一)。

期間 同日午後四時から平成七年一一月二八日午後四時まで

目的物 本件建物及び本件建物内の什器備品

保険金額 本件建物につき一五〇〇万円、什器備品につき一〇〇〇万円

保険料 五万七七五〇円

4  店舗総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)には、以下の規定が存在する(乙一)。

二条

当会社は(被告)は、次に掲げる事由によって生じた損害または傷害に対しては、保険金に(損害保険金、持ち出し家財保険金、水害保険金、臨時費用保険金、残存物取片づけ費用保険金、失火見舞費用保険金、傷害費用保険金、地震火災費用保険金または修理付帯費用保険金をいいます。以下同様とします。)を支払いません。

(1) 保険契約者、披保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または披保険者が法人であるときは、その理事、取締役または法人の職務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反。

二六条一項

保険契約者または披保険者は、保険の目的について損害が生じたことを知ったときは、これを当会社に遅滞なく通知し、かつ、損害見積書に当会社の要求するその他の書類を添えて、損害の発生を通知した日から三〇日以内に当会社に通知しなければなりません。

同条四項

保険契約者または披保険者が、正当な理由がないのに第一項または第二項の規定に違反したときまたは提出書類につき知っている事実を表示せずもしくは不実の表示をしたときは、当会社(被告)は、保険金を支払いません。

5  本件建物及び本件建物内の物品は、平成七年七月一五日、火災により焼失した(以下「本件火災」という。)。

6  原告代表取締役甲野太郎(以下「甲野」という。)は、本件契約に基づき被告に対し火災保険金を請求するため、本件火災によって損害を受けた本件建物内の什器備品として、損害明細書に、以下のとおり品名及びその数量、購入価格をそれぞれ記載した上(以下「本件各物品」という。)、平成七年一〇月一八日ころ、被告に対し、右損害明細書(以下「本件損害明細書」という。)を送付したが(乙一四)、その損害額の合計は八三万円である。

(品名) (数量)(購入価格)

(1) スチール製書棚 一 一八万円

(2) クーラー    二 一〇〇万円

(3) ソファー    一 二六万円

(4) ヒータ     二 一四万円

(5) 石油ストーブ   一 五万円

(6) テーブル     一 七万円

(7) 食堂テーブル   一 一二万円

(8) 事務用机     四 二四万円

(9) 事務用いす    六 一二万円

(10) コピー      一 七〇万円

(11) ファックス    一 五〇万円

(12) テレビ      二 三〇万円

(13) ペーハー測定器 二 三〇〇万円

(14) コンピューター 一 一五〇万円

(15) 冷蔵庫     一 二〇万円

7  被告は、平成八年二月二八日、本件損害明細書の記載には本件火災当時本件建物内に存在しなかった物品や実際の時価よりも高額に申告されている物品が含まれており、これが本件約款二六条一項、四項の「不実の表示」に該当するとして、原告に対し、保険金の支払を拒否する旨を通知した。

二  争点

1  本件約款二六条四項による免責

(一) 什器備品の不実記載

甲野が本件損害明細書に本件各物品を記載したことが、本件約款二六条四項の「不実の表示」に該当するか。

(1) 被告

甲野が本件損害明細書に記載した本件各物品の多くは、本件売買契約締結時から、本件建物内に現実には存在していなかった。また、本件各物品のうち本件火災時に存在した物についても、その購入価格は現実の時価よりも過大に記載されている。

そして、甲野は、本件火災時本件建物内に存在しない物が含まれていること、あるいは現実の時価よりも過大であることを認識しながら、本件損害明細書の記載を行ったのであり、故意に虚偽の事実を記載したことになるから、甲野の右記載は、「不実の表示」に該当する。

(2) 原告

仮に本件損害明細書記載の本件各物品の中に本件火災当時本件建物内に存在しなかった物が含まれていたとしても、これは本件売買契約締結後本件火災までの間に、乙山が原告に無断でその一部を持ち出したためであり、本件売買契約当時には記載通りの本件各物品がすべて存在していた。甲野は、損害明細書に記載した際、乙山の右持ち出しを知らず、本件火災当時も本件売買契約締結時と同様に本件建物内に本件各物品が存在していたものと認識していた。

また、甲野は、被告の代理店である有限会社テックスの取締役富永健治(以下「富永」という。)から、「本件契約時に存在していたものを書き出して下さい。」等と指導を受けたため、その指導のとおり、本件損害明細書に本件各物品を記載したにすぎない。

したがって、甲野が故意に虚偽の記載をしたことにはならないから、右記載は「不実の表示」には該当しない。

(二) 建物価格について

本件建物につき保険金として一五〇〇万円を請求することが、本件約款二六条四項の「不実の表示」に該当するか。

(1) 被告

本件建物の保険金額は、本件建物の価格に比して著しく高額であるところ、原告がこのことを知りながら保険金一五〇〇万円を請求することは、本件建物について、本件損害明細書に不実の表示をしたことと同様に扱われるべきである。

(2) 原告

本件建物の保険金額は、通常の範囲内であり、著しく高額であるということはない。

また、右保険金額は、保険代理店が積極的に勧誘した金額であるにもかかわらず、一旦事故が発生すると保険金額が高額であることを理由に保険金の支払を拒否することは、信義則に反する。

2  故意免責(本件約款二条)

(一) 被告

本件火災は、原告役員らが故意に招致したものであるから、被告は、本件約款二条により保険金支払義務を免責される。本件火災が原告役員らの故意によるものであることを根拠付ける事実は、以下のとおりである。

(1) 本件建物の立地条件、本件火災の発生時刻からして、本件火災発生当時本件建物に第三者が侵入していた可能性はなく、本件火災当時、本件建物には管理者等の出入りする者も存在しなかった。また、電気、ガス、水道は、いずれも停止した状態であったから、本件火災が失火や漏電等により発生した可能性はない。

(2) 本件火災発生後、本件建物玄関前の道には、キャンプ用燃料であるFUELの空き缶が落ちているのが発見されており、また、火災現場からは、油性反応が検出されている。そして、本件火災の発生元であると推察される玄関脇のベランダ奥の部分からは、灯油臭も認められた。

(3) 本件火災発生後、本件建物の玄関ドアは内側から施錠されていたので、第三者が本件建物内に侵入して放火した可能性はない。

(4) 本件土地の購入目的は、本件土地とその隣地を埋立によって平坦にした上併せて処分するという転売目的であったが、乙山が平成七年一月三一日に隣地への不法投棄の発覚により逮捕れたことの影響によって埋立ての交渉は困難となり、右転売計画はとん挫した。その後、本件土地をパチンコ台の廃棄物処理場として利用する計画も立てられたが、結局、右計画も同年五月ころ取り止められた。そのため、本件土地は、原告会社にとって利用価値の少ない物件となった。

原告は、本件土地購入資金の多くをDの父らからの借入金によって捻出していたところ、本件土地の転売計画の挫折によって右借入金の返済を行うことが不可能となっていた。

右事情からすれば、原告は、本件火災当時、本件建物を焼失させることによって火災保険金を得るなどして借入金の返済資金を捻出する必要があり、他方で、原告にとって全く利用していない本件建物を焼失させたとしても、原告が受ける損失は全くなかった。

したがって、本件火災が、原告役員らによって惹起された可能性は非常に高いというべきである。

(二) 原告

本件火災が原告役員らによって故意に招致したとの事実は否認する。

原告は、本件土地の埋立の許可及び本件土地の利用について検討中であり、全く利用価値のないものではない。また、本件建物は、それ自体価値を有しており、原告は、群馬県内の土地埋立事業の遂行のために将来も引き続き本件建物を使用する必要があった。

3  危険の増大(商法六五六条、六五七条二項)

(一) 被告

本件建物は、乙山らが逮捕された平成七年一月三一日以降本件火災発生時まで、利用する者がない空き家の状態になっていた。かかる本件建物の環境及び管理状況の変化からすれば、本件建物は、放火を含む火災等の被害を蒙る危険が著しく増大したというべきである。原告代表者は、同年三月ころ本件建物に立ち寄り乙山らが立ち退いた気配であったことを確認しており、本件建物が右の状態になっていたことを認識していた。それにもかかわらず、原告は、漫然右状態を放置して危険を増大させ、また、被告に対する通知を怠ったのであるから、本件契約は、商法六五六条又は六五七条二項によって失効する。

(二) 原告

原告は、乙山が本件建物から退去したことについて同人から連絡を受けたことはなく、乙山が本件建物を何時明け渡したのかを知らなかったのであるから、右状態を認識していながら放置していたのではない。

また、本件建物の場所等から考えると、本件建物が空き家の状態になったことによって状況に著しい変化はなく、危険が増大したとはいえない。

4  公序良俗違反

(一) 被告

以下の事情からすれば、被告が原告に対し保険金の支払に応じることは、保険制度の悪用を許し、保険制度の持つ射倖性を助長することに他ならないので、本件契約は、公序良俗に反して無効というべきである。

(1) 本件建物の建築費用が八〇〇万円程度であること、原告が本件売買において本件建物に価値を認めていなかったことからすれば、本件建物についての保険金額である一五〇〇万円は、目的物の価値に比して著しく過大である。

(2) 原告は、前記のとおり、本件損害明細書に不実の表示をした。

(3) 本件火災は、前記のとおり、原告役員らの故意の招致によるものである。

(二) 原告

本件建物についての保険金額が著しく過大であるとはいえない。不実記載及び本件火災の故意招致の事実については、1(一)(2)、同(二)(2)、2(二)と同じ。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  争点1の(一)(什器備品の不実記載)について

1  証拠(乙四の1、乙四の2、乙九の5の2、乙九の6の1及び2、乙九の7の1及び2、乙九の11ないし17、乙一二、乙二八及び二九、乙三四及び三五の1、証人乙山、証人中谷)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件売買契約以前の本件建物の状況

(1) 乙山は、平成四年四月ころ、本件土地を購入し、乙山は、右土地上に本件建物等の建物を建築し、飼料の生産販売を行っていた。

(2) 乙山は、本件建物を約八〇〇万円をかけて建築した後、これを右事業の事務所及び飼料生産に従事する同人ら関係者のための休憩場所として利用していた。

(3) 本件建物内には、備品として椅子、テーブル、テレビ、こたつ、金属ロッカー、電話、ファックス、ソファーベッド等が存在するだけであった。

(二) 本件売買契約締結に至る経緯

(1) (A、B、C、D)及び甲野の五名は、平成六年春ころ、本件土地とその隣地を取得して右隣地を埋め立てて平坦地にした上、両土地を併せて転売することを計画し、本件土地の所有者である乙山との間で本件売買契約の交渉を行った。

(2) 同人らは、本件土地購入転売等の事業を行うための会社として、当時甲野の長男である甲野五郎が代表取締役であった有限会社△△建材を活用することとし、平成六年八月一七日、同会社の商号及び目的を変更して現在の原告会社の形態とし、甲野は原告会社の代表取締役に、残るAら四名は原告会社の取締役に、それぞれ就任した。また、同人らは、原告会社への出資金として各自一〇〇万円を支出した。

(3) 原告と乙山は、交渉の結果、本件売買契約の代金を本件土地と本件建物を合わせて五〇〇〇万円とする旨合意したが、右代金は、本件土地二五〇〇坪を一坪二万円で買い受けるということから決められた。

(三) 本件売買契約締結後の状況等

(1) 乙山は、本件売買契約締結後も、原告の承諾を得て本件土地建物の使用を継続していた。ところが、乙山は、平成七年一月三一日、隣地への産業廃棄物の不法投棄が発覚したことにより逮捕され、これにより本件土地建物を使用、管理する者がいなくなった。しかし、その後も本件火災発生に至るまで、原告関係者が本件土地建物を使用、管理することはなかった。

(2) 原告が進めていた隣地の埋立に関する交渉は、乙山の逮捕の影響で困難となり、結局、本件土地の転売計画はとん挫した。その後、本件土地をパチンコ台の廃棄物処理場として利用する計画も立てられたが、右計画も平成七年五月ころ取り止められた。

(3) 本件火災発生後、本件建物内において確認された物品の残骸は、炊飯器、ポット、ガステーブル、ストーブ三台、時計、テレビ、スチール棚、椅子、エアコン、ソファーベッド、アンテナ、モップ等であり、その損害額は八二万七〇〇〇円程度であり、一年間の放置期間を考慮し、七割を減額すると二四万八一〇〇円程度となる(乙一二)。本件損害明細書(乙一四)に記載されている物品の損害額は合計で八三八万円であるところ、そのうち、クーラー一台(一台は存在した。)、テーブル、食堂テーブル、事務用机、コピー、ファックス、ペーハー測定器、コンピュータ、冷蔵庫はいずれも発見されていない。

(4) 甲野は、乙山の逮捕後、警察から参考人として事情聴取を受けた際に本件建物に立ち寄りその内部を確認しており、本件火災発生の約二週間後にも、本件火災現場に赴き、本件建物や内部の残骸の状況を確認している。

2  以上の各事実をもとに判断する。

(一) 本件約款二六条四項の「不実の表示」とは、故意に、火災時に存在しなかった物を記載した場合、あるいは火災時に存在した物品の価額を現実の時価よりも過大に記載した場合をいうと解される。

本件においては、本件火災後の本件建物内の残骸から本件損害明細書記載の物品の多くが発見されておらず、また、数年間にわたり本件建物を使用してきた乙山が、本件売買契約以前に本件建物内にあった物品は前記1(一)(3)記載の程度であったと認識していること、及び、乙山が営んでいた飼料の生産販売の事業の内容からして、本件損害明細書に記載されたような高価な事務用機器が必要であったとは到底考えられないことからすると、本件火災時はもとより本件売買契約締結時から、本件損害明細書記載の物品のうちの多くが現実には存在していなかったといわざるを得ない。

また、本件損害明細書記載の物品のうち、火災後の残骸から発見された物品についても、本件損害明細書に記載された購入価格は、鑑定書(乙一二、合計二四万八一〇〇円とされている。)及び火災記録の損害明細書の時価(乙二七、合計二万八三〇〇円とされている。)に照らすといずれも高額であることが明らかであり、価格の点でも過大であることが認められる。

そうすると、原告が被告に対し、本件損害明細書を作成して送付し、保険金の請求をしたことは、本件約款二六条四項の「不実の表示」に該当するものというべきである。

(二) これに対し、原告は、仮に本件損害明細書の記載が不実であったとしても、甲野には不実の表示について故意はないと主張し、その根拠として、本件損害明細書記載の各物品は少なくとも本件売買契約締結当時にはすべて存在し、これを七〇〇万円で買い受けたのであり、甲野は、本件火災時にも売買当時の什器備品がすべて存在するとの認識で本件損害明細書の記載を行った旨の主張をしている。しかしながら、本件建物内の物品の多くが、そもそも本件売買契約締結当初から存在しなかったことは前記認定のとおりであり、原告の右主張は採用することができない。

なお、甲三号証の本件損害明細書の下部には、「上記備品は契約の時に土地建物と同時に契約しました。尚、引越をしたときに一部(ペーハー測定器及びコピーファックス)は持ち出しました。……乙山次郎(署名、押印)」といった原告の前記主張に沿う記載も存するが、右記載は、本件火災発生後、乙山が甲野から懇願されたために行ったものであって、乙山自身もその記載が真実とは異なることを認めており(証人乙山)、これを採用することはできない。

また、証人Bは、平成七年八月ころ、本件建物内に立ち入って本件損害明細書記載の各物品が存在していたことを確認し、これを甲野に伝えた(甲二)旨供述するが、証人Bが本件建物に立ち入ったのは一度だけであり、しかも、甲二号証は同人が本件火災後に作成したものであること(証人B)からすると、証人Bの右供述を直ちに採用することはできない。

さらに、本件建物、倉庫及び車庫並びに什器備品(七〇〇万円)全部で代金一七〇〇万円とする不動産売買契約書(乙九の3)が存在するが、右の「什器備品七〇〇万を含む」との手書きの記載は、本件火災後に、本件保険金請求のために、甲野に依頼されて、乙山が書き込んだものであること(証人乙山)、また、原告の本件土地取得の動機が本件土地を転売することにあったことからして、原告にとって本件建物及び本件建物内の物品が重要な要素であったとは考えられないこと、現に、原告役員らが本件売買契約締結に際して本件建物内の個々の物品の確認や物品の明細書等の作成も行っていないことからすると、本件建物内の物品に七〇〇万円もの価格を設定することは不自然であると言わざるを得ず、右契約書の右書き込み部分の記載を採用することはできない。

したがって、本件売買契約においては、前記認定の経過で、本件土地の価値を基準として代金が定められたものであり、什器備品の内容及び価値は特に考慮されなかったというべきである。

(三)  以上の事実関係のもとでは、甲野が、本件売買契約締結時に本件建物内に七〇〇万円相当の物品が存在するとの認識を持って本件損害明細書の記載を行ったとは到底考えられない。

むしろ、甲野は、本件売買締結後、本件建物に立ち入りその内部の物品を確認したことがあること、また、本件火災発生後火災保険金を請求する段階に至って、あえて乙山に対し甲三号証の下部の記載の書き込み及び乙九号証の3の「什器備品七〇〇万を含む」との書き込みを懇請する行動に出ていることをも考え併せると、甲野が本件各物品に現実には存在しない物品が含まれていることを知りながら、ことさらに本件損害明細書の記載をしたことが推認されるところである。

なお、原告は、本件損害明細書への記載が「保険契約時に存在していたものを書き出して下さい。」等と富永から指導されたことに基づくものであると主張するが、右のような指導がなされたとしても、本件損害明細書の記載自体は甲野が自ら行ったものであり、その際同人は本件損害明細書の記載が真実に合致していないことを認識していたのであるから、右の結論を左右することにはならない。

二 ところで、本件契約は、建物と什器備品を目的物とする契約であるが、什器備品は建物の内部に存在するものであるから両者は密接な関係を有しており、また、同一機会に同一の契約書によって締結されていることからすると、保険料の算定が各別にされていたとしても、契約としては一体のものと解すべきである。

そして、不実の表示による免責に関する本件約款二六条四項は、不実の表示という悪質な行為を行った保険契約者の保険金請求を許容しない趣旨の規定と解されるから、一体の契約と認められる限り、不実の表示が目的物の一部に関するものであったとしても、保険金全体の支払を拒絶できると解するのが相当である。

したがって、本件では、什器備品に関する不実の表示が認められる以上、被告は、本件建物に関する保険金を含めた本件契約に基づく保険金全体の支払を拒絶できるというべきである。

三  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官佐藤康 裁判官設楽隆一 裁判官五十嵐章裕)

別紙物件目録〈省略〉

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